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世界遺産・平泉
平泉(11) 「平泉と西行」


                   
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「広く旅をし、方々を遍歴したものだけが、知識という名の富を有している。」  (詩の神・オーディン)

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  世界遺産・平泉(11) 「平泉と西行」


  
  西行法師画(菊池容斎画/江戸時代  wiki)




「 心なき 身にも哀れは 知られけり 
                鴫立つ澤の 秋の夕暮
 」 「新古今和歌集」 西行 


現在(平成24年度)、NHK大河ドラマで「平清盛」が放送されているが、何時の放送だったかその中に「佐藤義清」(のりきよ;後の西行)が登場してくる。 武士として清盛とともに「北面の武士」(院=御所の北側に詰め、上皇の身辺を警衛、あるいは御幸に供奉した武士のこと。院の直属軍)で活躍。歌に通じ、武芸も闊達、妻子をもち順風満帆な人生であったが、御所の女院とのトラブルに巻き込まれ、それがきっかけとなり妻子をおいて出家してしまう。 エリート武士の将来を捨て、「西行」と名乗って漂泊の人生を歩むことになるが、生涯を通じて清盛の親友となる。(西行と清盛は同年代の1118年生れ)


西行(1118―1192)はその名を佐藤義清といった。
平将門の乱で功を上げた藤原秀郷(下野・武蔵二ヶ国の国司と鎮守府将軍に叙せられ、源氏・平氏と並ぶ武門の棟梁)から九代目の武家の家に生まれた。 随って、同じ秀郷流である奥州藤原氏と西行は遠縁にあたる。
その頃、時は源氏と平氏が相争う時代となり、世間はどこかきな臭い厭世観(無常観)が世を覆いはじめていた時代だった。

西行は23歳で出家し、はじめは高野山など西国を巡遊していたが、30歳の頃、陸奥の旅に出て平泉を訪れている。 
当時の平泉の頭首は基衡であったが、子である秀衡は20代後半であり、西行とはほぼ同世代で交友を確かめたに相違ない。 秀衡が奥州の御館(当主)に就くのは、父・基衡の急死による10年後の保元2年(1157年)のことである。

その後しばしの間、西行は、平泉に草庵を結び、平泉の山野を散策することとなる。
若き詩人西行が見たものは、黄金に飾られた北の都の栄華だった。 
中尊寺の金色堂や毛越寺などの豪華絢爛たる平泉の伽藍に接し、特に、金色堂は壮健から20年足らずの時期で、異様なほどまばゆさで輝いていたに違いない

西行の歌集『山家集』には、平泉での作が収録されていて、県内には他には西行が残したと言われる歌がいくつか伝承されているという。




さらに69歳の年には、後白河法皇の命で東大寺再興の砂金を得るため、再び平泉を訪問し、同族にあたる藤原秀衡のもとに滞在している。

源平戦乱の中で東大寺は大仏殿以下ことごとく焼失した。
復興に情熱を燃やす高僧・重源(ちょうげん;仏教界の頂点にいる僧)は西行を訪ね、「大仏再興の為の砂金の提供を約束してくれた奥州藤原氏に、督促して欲しい」と願い入れ、西行は承知して実に40年ぶりに東北へ向かうことになる。 
西行と旧知の仲の奥州・藤原秀衡はまだ存命であった。
この時、既に西行は70歳になろうかという老人(69歳)であり、御仏の為という厚い信仰心で、遥々(はるばる)平泉までやって来た西行に藤原秀衡はいたく感動し、すぐに砂金を奈良に送ったという。


実はこの奥州行きで、西行と鎌倉の征夷大将軍・源頼朝が対面している。
1186年8月15日、鶴岡八幡宮にて頼朝と対面し、二人の会話は終夜続き流鏑馬の流儀などを伝授したともいわれる。 翌日も滞在を勧められたが、西行は振り切るように発った。
因みに、現在鎌倉の祭りで催されている「流鏑馬」は、西行がコツを伝授した翌年から行なわれるようになったとされる。
因みに西行は、平泉まで義経を捕らえる為の関所を幾つも通る必要があったので、その通行証を求めに鎌倉へ寄ったとも言われている。


西行は平泉で、養父と慕う藤原秀衡のもとへ身を寄せた「源義経」とも会っていて、その苦難な身を案じていたとも言われる。
その義経は間もない文治5年(1189年)、「義経の指図を仰げ」という父の遺言を破った泰衡によって義経の館・衣川館(現在の高館・義経堂)が襲われ討死にしている。 


『 とりわきて 心も凍みて 冴えぞわたる
                 衣川見に来たる 今日しも 
』  「山家集」 西行

(雪降り嵐はげしく寒いのに、とりわけて心まで凍みて寒いことである。衣川を見に来た今日は特に)。


と、歴史とともに凄絶な自然の姿に接した西行の心が詠われている。


次回、「浄土・平泉




                  
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