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古都鎌倉 (16)
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古都鎌倉(16) 「明月院」




鎌倉石と紫陽花の参道





明月院本堂(方丈)、




ご存知、明月院は「あじさい寺」、「花の寺」として有名である・・、

この寺院は、鎌倉でも一、二をあらそう程人気がある。 
「あじさい寺」、「花の寺」として有名であり本堂の名前も、その名のとおり「紫陽殿 (しようでん)」(あじさい殿)と称している。

未だ紫色の花を着けている「紫陽花」が、磨り減った「鎌倉石」」の参道階段に迫り出していて、さすがに何とも美風流である。


「鎌倉石」は、三浦丘陵の鷹取山地層から切り出された黄褐〜褐〜青灰色の比較的柔らかい石材石質で、鎌倉時代から利用され昭和初期まで採掘されたといわれる。

紫陽花は雨模様に似合う花であるが、今日は熱き日差しを浴びてチト気の毒であるが、一般には青から赤紫へ変化するところから「七変化」ともいわれる。 

ここにあるアジサイは、日本古来からの「姫あじさい」という品種で、花は淡い青から日ごとに濃い青に変わっていくという。 



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山門をくぐると、そこは本堂になっていて、正面には「枯山水」の庭園が広がっていた。

枯山水庭園」は、中国古来の山水画の影響による造園手法で、水や流水を用いず、石組を主とし山水を表す庭園である。
水面(湖水、海面)を表すのに砂や微細石による表現「砂紋」は大きな特徴のひとつ。 
本堂横は、鎌倉でも最大級の「やぐら」があって、時の権力者・北条時頼の坐像が祀ってある。


明月院を含むこの辺りおの地域一帯を「山ノ内」という地名になっていて、往時の関東管領「山ノ内上杉家」の所領であった。
「明月院」の開祖は12世紀の中期頃で、当初は明月院とは云わず、1380年頃までは「禅興寺」と称していたらしい。
明月院は、その禅興寺の塔頭の一堂とされていたが、その後、上杉憲方の子孫によって大規模に発展し、塔頭というよりも一つの寺院として風格を備えてきたとされる。
上杉憲方の法名を明月院と号したが、上杉家はご存知「上杉謙信」の祖である。因みに、禅興寺は明治初年に廃寺となっている。


序ながら、名門・「上杉家」を辿ってみよう・・、
 

上杉の発祥地は丹波の国・上杉庄(京都府綾部市)を領して上杉を名字とし、公家(朝廷に仕える貴族・文官)の家柄であったという。
室町初期、鎌倉公方・足利基氏の執事(管領)に任ぜられて、初代の関東管領になって以来、鎌倉に居住した。族は主に山内(やまのうち)と扇谷(おうぎがやつ・こちらも鎌倉の地名))二家が出たが、関東管領の職はもっぱら山内・上杉家の当主が独占した。 

戦国期に至ると、扇谷・山内両上杉家は新興の後北条氏(北条早雲が祖・戦国小田原の雄)に圧迫されるようになり、武蔵国に勢力をもっていた扇谷上杉家は後北条氏に敗れ滅亡する。 
上野(こうずけ・群馬)の国に所領を持つ山内・上杉憲政も、遂に関東を放棄して、越後守護代として勢力を張る長尾氏を頼り、関東管領の職を長尾景虎(上杉謙信)に譲ったのである。 
この頃、小田原北条は、関東一円を制覇している。 
長尾氏は上杉と名乗り、景虎は初代越後・上杉藩主となる。


戦国たけなわの頃、二代目「上杉景勝」は豊臣秀吉に仕え、五大老の一人となった。
北陸、出羽を平定し、領内に多くの金山を抱えて、その実収入は200万石と言われる大大名となった。 その後、1600年の「関ヶ原の役」に際して徳川家康に敵対し、敗将となって米沢藩30万石に減封されるに到る。

江戸期にはいって家督相続の件もあり、吉良義央の子綱憲が養子に入って半知15万石で家名存続することを許された。 
義央は(きら よしひさ)は通称は上野介(こうずけのすけ)、一般には「殿中、松の廊下の切られ役」(忠臣蔵)、敵役として有名である。

江戸後期には上杉鷹山(ようざん・治憲、九州・秋月藩出身)が藩建て直しの為「殖産興業」を行って、財政を立て直したことは有名である。


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