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古都鎌倉 (6)
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古都鎌倉(6) 「白旗・法華堂と源頼朝の墓」





白旗・法華堂
石碑文 「堂ハモト頼朝ノ持佛ヲ祀レル所ニシテ頼朝ノ薨後其ノ廟所トナル 
建保元年五月和田義盛叛シテ火ヲ幕府ニ放テル時将軍實朝ノ難ヲ避ケタルハ此ノ處ナリ 
寶治元年六月五日三浦泰村此ニ籠リテ北條ノ軍ヲ邀ヘ刀折レ矢盡キテ 
一族郎党五百餘人ト供ニ自盡シ滿庭朱殷ニ染メシ處トス」
      大正十三年三月建   鎌倉町青年團



源頼朝の墓





鎌倉府・初代征夷大将軍の墓にしては・・?、

八幡宮、白旗宮からさらに東へ歩で5分ほど、清泉女学院小学校の辺りは、往時「大倉御所」と称して征夷大将軍源頼朝の屋形であったところである。

更に小さな案内札を頼りに辿り着いたところ、やや急な石段を登ると五輪塔がある。
周囲は、覆う樹木による冷たい空気が身を引き締める。

そこに「法華堂」(白旗社)と「頼朝の墓」がある。 
八幡宮を含めたこの辺り一帯は、幕府を開いた源頼朝の夢の跡である。



頼朝が征夷大将軍となり鎌倉幕府を開いたのは1192年で、47歳の時であった。
平安時代末期に河内源氏の棟梁である源義朝の三男として京都に生まれている。

源平合戦・平治の乱で源氏は敗退し、頼朝は清盛への嘆願かなって13歳で伊豆へ流される。 
頼朝の源平合戦と呼ばれる諸戦役で最初の戦いに敗れた「石橋山の戦」いは33歳であった。


頼朝が征夷大将軍となって7年後、頼朝は相模川架橋の落成式とその御家人・稲毛重成が亡妻の追善供養のために出席したが、その僅か27日後に死亡している。

相模川の橋の落成式の帰途、頼朝が乗馬していた馬が暴れ、落馬した折に頭部を強打したことが原因で死亡したというのが一般的のようである。 
武家の棟梁である頼朝が落馬したというのは、少々考え難いが、落馬したということ自体は事実のようである。

落馬の原因については諸説あるようだが、その中でも脳溢血を起こして落馬したのではないかという説が最も有力であろうと考えられている。

また俗説によると頼朝の乗っていた馬が雷の音に驚き一散に走り出したため、頼朝は河原に投げ出され、石にあたって絶命したともいわれる。 
馬はなおも走り止まらず相模川に入水したしまった、以来この川を通称「馬入川」と呼ぶようになった・・と。

確かに小生の住む厚木市の相模川は、平塚市に入ると「馬入川」と称し、国道1号線に架かる橋を「馬入橋」とも呼んでいる・・。


頼朝の治世は僅か20年、征夷大将軍として7年、享年53歳であった。
頼朝の墓は大倉山の裾に今も静かに眠っている。


大倉山にある清泉女学院小の校歌に「英雄墓は苔むして・・・」唄われている。
明治維新にいたるまでの690年の武家政治を築いた英傑の墓、2m足らずの五輪塔というには、あまりにも寂しい佇まいにも思えるが・・?。

墓下にある「白旗社」は今も頼朝を鎮護している。


次回も、頼朝重臣達の墓     古都鎌倉(7) 「大江・毛利・島津の墓」へ


        

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