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湘南紀行(5)藤沢 「義経と一遍上人」

遊行寺
写真:時宗本山・「遊行寺本堂


義経は「首」になっても鎌倉へは入れなかったが・・、

江ノ島駅前より藤沢駅へ向かってさらに行くと白旗の信号があり、この辺りは「白旗」という町名でもある。
公園の一角に「白旗神社」があり、ここは源義経の霊廟である。
先の鎌倉の「満福寺」の項で記したが、「義経」の事である。

平泉の藤原秀衡は、頼朝の追討を阻止すべく義経を将軍に立てて鎌倉に対抗しようとしたが、間もなく死去してしまう。
頼朝は、秀衡の死を受けて後を継いだ藤原泰衡に圧力をかけ、泰衡はこれに屈して父の遺言を破り、1189年、500騎の兵をもって10数騎の義経主従を衣川館に襲った。
館を平泉の兵に囲まれた義経は、一切戦うことをせず持仏堂に篭り、自害して果てたとされる。 
数え年で31であった。

義経の首と胴は分離され、首は43日かけて鎌倉に送られ、和田義盛と梶原景時によって、腰越の満福寺で首実検に処せられた。 その後、首は藤沢の白旗神社付近に葬られたという。
その際、首を洗うのに使われたという首洗い井戸が現在も白旗神社側に残っている。

1180年、義経22歳の時、源平・富士川の戦いで、黄瀬川にて兄頼朝と対面し、初めて鎌倉入りするが、その後の戦乱での出陣以来、鎌倉入りすることは無かった。
後になって生身の身体は腰越に止められ、首になっても腰越の満福寺に置かれ、そして霊になっても鎌倉には縁がなく、隣町の藤沢の地に眠っている。
義経は哀れであった・・!!。



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白旗の近くに「遊行寺」がある・・、


藤沢駅から藤沢橋交差点を目標に徒歩15分のところで、遊行寺の山門は「日本三黒門」の一つで、その荘厳な山門を抜けると、いろは坂とよばれる48段のなだらかな石段の坂を登りつめると、幹の周囲が6.6mもある、樹齢700年の大イチョウが迎えてくれる。
また、広い境内には、昭和52年、時宗開宗700年を記念して、建立された宝物館があり、国指定文化財の後醍醐天皇御像や一遍上人像の絵画など貴重な一万点もの史料が収められている。

正式には藤沢山 無量光院 清浄光寺(とうたくさん むりょうこういん しょうじょうこうじ)が寺号で「遊行寺・ゆぎょうじ」は通称である。
当山は、昨今では珍しい「時宗」の修行道場の総本山という。

鎌倉時代末期におこった浄土宗の一宗派で、開祖は「一遍上人」、一般に浄土宗では信心の表われとして念仏を唱える努力を重視し、念仏を唱えれば唱えるほど極楽浄土への往生も可能になると説いている。 
時宗の場合は更に一歩進んで・・?  踊りながら一刻一刻を臨終(臨命終時・りんみょうしゅうじ)の時と思って「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えると往生できると説いた。
阿弥陀仏に対する信仰の念仏踊りは声を出し、鐘や太鼓をたたいておどる一種の宗教的パフォーマンスであろう。


現代において各地に盆踊りがある・・、

盆の時期に合わせて夜間に集団で行なわれる踊りで、広場の中央にやぐらを立て、やぐらの上で音頭とりが鐘や太鼓、鳴り物で音頭を歌い、参加者はその周囲を回りながら音頭にあわせて踊る。
現代における、この「盆踊り」は大抵の場合「時宗」の流れを汲むといわれる。

我が故郷(いなか・福島県いわき市)でも磐城盆踊りという、独特の節回しで踊る盆踊りがある。
更に磐城地方独特の「じゃんがら(自安我楽)念仏踊り」というのがある。
福島県のいわき地方に伝わる伝統芸能で、太鼓と鐘のリズムに合わせて若者が念仏を唱えながら踊るのである。
八月の旧暦のお盆のとき、この1年間に亡くなった方の所謂、新盆の家庭を廻り鐘や太鼓でにぎやかに仏さんを供養し家族を慰めるものとして、いわき地方のお盆の風物詩となっている、いわき市の無形民俗文化財。
この念仏踊りの史実としての歴史・起源は、鎌倉〜室町時代頃といわれるが確証されていない、ただ、様子が余りに酷似しているので時宗の所作と一脈は通じ、流れを汲むものと思われるのである。

時宗」の僧は諸国を遊行し(遊行僧)、賦算(ふさん・聖札を配る事)と念仏踊りを行ないながら布教活動をしたといい、これを「遊行上人」といった。

一遍上人は、遊行を引退すると清浄光院(藤沢道場・遊行寺)に入って「藤沢上人」と称した。
一遍死後一時衰退するが、室町時代中頃には弟子たちによって再び全盛期を迎え、江戸期には幕府の後ろ盾とした官製の遊行が行われ、時宗寺院のない地域も含む全国津々浦々に遊行上人が回国したという。
時宗が直接的に衰落したのは明治初頭の「廃仏毀釈」であるといわれるれるが、江戸期の名残が現在の盆踊りや念仏踊りとなって留めているようである。

次回は、 茅ヶ崎・茅ヶ崎海岸や「浜降祭と寒川神社の縁起と由緒」を述べます。

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